2008年11月22日 22:00
今日は地球の詩祭に行ってきました。
本来ならこの記事の前に文学散歩やら羽生の宮澤章二展やら
盆栽村塾のこととかとても書きたいことが多いのだけど
どうしても今日のうちに今日のことを書いておこうと思いました。
今日は最寄の駅でSさんと待ち合わせして
地球の詩祭2008に行ったのですが
改札前で会って、一緒に改札くぐってホームに立つ間に
Sさんから聞いたニュース衝撃を受けました。
今まさにこれから行く地球の詩祭。
その地球の主催者である秋谷豊
先生が急逝したという話です。
今帰宅して検索したら記事が出てきたので
新聞関係のリンクを貼っておきます。
朝日新聞/Yahoo!ニュース(毎日新聞)
私は余り「先生」という呼称を使わないのですが
(それは尊敬してないという意味では決してないです。
先生と言うと絶対的な存在に私の中で成ってしまって
心が萎縮してしまうので使用を意図的に避けているのです。)
今回の記事では秋谷先生と申し上げるより他にありません・・・。
雲の上の人のようでいて、お顔は存じてましたので
(秋谷先生は私など勿論覚えておいでなどなかったと思いますが)
体調が悪いという話も全く聞いたことがなかったのもあり
一瞬・・・というか・・・言葉がなかったです。
私は地球の会員ではないのですが
今回チケットを購入して、参加したんです。
・・・えぇと、まずは時系列に沿って書いていきましょう。
気持ちのままに書き殴ると訳のわからない記事になる。
12時半には会場の最寄り駅に着いたのですが
私はパンフを忘れてきていたし
私もSさんも1時半頃から始まると思っていたので
軽く食事をしてから1時過ぎに会場に着きました。
会場の扉を開いたら、もう始まってる・・・!(愕然)
どうりで受付が静かだと思った・・・。がは。
会場は一昨年もラフレだったけどホールが違った。
一昨年よりも一回り小さな会場でした。
後ろのほうは席が段々になっていて、
後ろに座っても壇上がよく見えました。
客席から見て向かって左側の壇上に
秋谷先生の遺影・・・。
ほとんどの人が真っ黒の服で。
黒の服でない人も派手な色は一人も居なくて。
自分もたまたま黒服ベース&パールの服装でしたけど。
後から、午前中が告別式だったと聞いたので
参列してから詩祭という流れでもあったようです。
完璧な喪服の方というのは
そんなに見当たらなかったのですが
なんというか・・・ずーんと来ましたね・・・。
私なんかがそうなんだから
会員の皆さん、壇上に上がられるような方々などは
もっとずっとショックであり動揺も深いと思います。
ほんとに・・・悲しむまでの段階まで来ないうちに
この詩祭開催・・・ですしね・・・。
放談もテーマは急遽変更となり
「秋谷豊と戦後詩を歩む」というテーマでした。
秋谷先生の名前は、詩壇の世界に触れてから
初めて知ったのですが、詩壇の世界ではすごく高名で、
この地球という同人は本当にすごくてですね・・・。
えーと・・・もう一度、今年のプログラムをご覧ください。
あ〜・・・幾ら地球の敷居が高くても、
秋谷先生が居られるうちに入会してればよかったなぁ、なんて
詩祭を見ながら思ったりもしました。
今年の地球賞を受賞した、詩集「コラール
」と、
著者である中村さん(すみません知らない方なのに先生と呼ばずorz)関係で
「詩学入門
」と、地球の最新号147号と、お土産の帝国ホテルのクッキーを購入。
この、帝国ホテルのクッキー。
今回1000円で販売されたのですが、
今まで秋谷先生がポケットマネーで購入しては
パーティーの時にお土産で持たせていたものだそうです。
今回は直前の急逝でもあってかキャンセルがきかず、
50個限定での販売という形になっていました。
勿論私は会員でなかったので食べたこともなく、
秋谷先生ご推薦のクッキーの味を
噛み締めておこうかなぁと思って購入しました。
今日を逃したら一生食べたり購入する機会が
ないかもしれないから。
パンフレットに色々メモってあるのですが
走り書きのメモなので箇条書きにでもしないと
・・・というか箇条書きでしか書けなさそう・・・。
なのでメモは割愛しますが
パンフレットの裏表紙に印刷されている
秋谷先生の「高麗(こま)という詩は
故蔵原さん(この方も先生ですよねすみません)のことを
書かれた詩なんですけれども
読んでいる私が、蔵原さんのお名前のところを
そのまま秋谷先生にして読み返していました。
静かに心が沈みます・・・。
ここで少し、私の中にある秋谷先生のことを。
ここから先は、秋谷さんと書きますね。
あ、秋谷先生と、呼称が混合になったらごめんなさい。
秋谷さんは雲の上の人ではあったけれど、
二度ほど私の中ではっきり覚えているエピソードがある。
まぁ・・・大したことではないだろうけど
秋谷さんの人柄がとても滲み出てた。
1つ目は、2006年の地球の詩祭だったと思う。(もしかしたら違うかもだけど(汗))
会場が開く前から私は到着していたのでだけど、
たしか会場が開いて間もなく・・・かな・・・。
紙袋を両手に持ったちんまいかわいいおじいちゃんがね(←ここが強烈に)
なんかひょこひょこと一人で来たんだけれど、
少し迷ったみたいで・・・。
「ここが地球の会場でいいんですか?」って聞かれたのかな。
「そうですよ」って私が言ったのかな。
両手の紙袋がちんまい身体からしてがさばっててとても大変そうで
詩人会系の年齢層は比較的高いのだけど
明らかにそのおじいちゃんは「高齢」だろうなと思ったから
私ね、「大丈夫ですか?持ちますよ」って言って
両手の紙袋を持たせてもらったの。
そしたらにこーって照れ笑いしてね、「ありがとう」って
おじいちゃん言ってくれたのね。
そのすぐ、だと思うけど関係者がそのおじいちゃんとこに
すっ飛んで行って、なんかもてなしてるわけですよ。
ちょっと事情が飲み込めず、少し離れたところで
それを見てたら、おじいちゃんが「紙袋が〜」って言ってたから
「あああすみませんこれですねどうぞ」って
関係者の方にお渡ししたのね。
それからどうやらその方こそが秋谷さんなんだということに気付き。
荷物を持たせてもらったときに、
にこーってはにかむように笑ったあの屈託ない笑顔を、
今でも覚えてる。かわいいちんまいおじいちゃん。
もう一つは、去年の4月の、埼玉詩祭の2次会。
2次会の懇親会、確か秋谷さんは6時か6時半まではいらしてたのね。
で、私は「偉い人には往々にして偉い人しか話しかけないものなので
結構ポツンと一人になってたりする(そしてそれがちょっと淋しそうかも)」という
よく訳のわからない持論のもとに、
「だったらペーペーの私であっても、
ポツンとなってたら話しかけちゃえ!」
という持論の結論を持っていまして、
そのときも秋谷さんが一人になってると思ったときに
声を掛けたんですよ(勇気あるだろ?)。
そんときねー・・・。絶対私「秋谷さん」って呼んでた。
私「秋谷先生」とは呼んでなかった。
これはね、かなりね、暴挙と言われて仕方ない。
どなたでもね、秋谷さんのことをね、
秋谷さんとは呼ばないもん。
秋谷先生だもん。
しかし私は本人に面と向かって
「秋谷さん」と呼びつつ話しかけてたね。
そのときはね、自分の現住所の土地の話をしたの。
話しかけ一番初めはよく覚えてないんだけど、
「私は○○に住んでるんです」って言ったら、
「ああ、○○に住んでるんだね。
そういえば、この2月にはね、僕は○○の小学校のね、
校歌を書いたんだよ(にこにこ)」
「え!そうなんですか!何小か伺っていいですか?」
「△△北小学校だよ。」
「ああ〜!はい!分かります!
(当時そこに通っている子供と少し縁があった)
△△北小ですか・・・!うわ・・・」
「うん、卒業式に間に合わせてあげたくてね、
2月のうちに急いで書き上げたんだよ。
どうやら間に合ったみたいでね、よかったよ(にこにこ)」
にこにこと笑っているその顔の、目がきらきらしてた。
形容するなら確かに少年のような目と言うんだと思う。
私は絶対に間違いなく「秋谷さん」と呼びながら
話をしていたのだけど、そんな不敬な呼び方であっても
ほんの欠片も不機嫌な何かを帯びることなく
ちんまいかわいいおじいちゃんはにこにこ笑って話してくれた。
『卒業式に間に合わせてあげたいから』
その歳の卒業生は、新しい校歌を格別の思いで練習したよねきっと。
余り長く話した訳ではなく、その話題を話したくらいだったけど、
強烈に、覚えてるんだよなぁ。あの目と笑顔とこの会話。
ずっと、秋谷さんのことを口にするとき、「秋谷さん」と言ってきた。
本人にお声を掛けさせて頂いたときも「秋谷さん」だった。
周りは「身の程知らずがぁ!」っと思ったろうけど。
だから私の中では今も呼ぶとき「秋谷さん」になる。
でもこの記事を書くとしたら
やっぱりどうしてもきっと「秋谷先生」なんだと思う。
「秋谷さん」と呼んだ私を許してくれたから
やっぱり秋谷さんは「秋谷先生」なんだと思う。
・・・矛盾してるような言い方でごめんなさいね。
だから、お姿を「拝見」したのも片手で足りるだけの私ですら
接触したのが2回きりの私ですら
訃報を聞いて悲しくなってしまうような
秋谷豊先生は、そんな人だったんです。
人の死というのは、ほんの少し、
目の前の生きている人達をよく見えなくする。
聞こえている声がどこか遠くて
よく見えている視界がどこかぼやける。
今日、詩祭を見ながらそう思った。
私の知っている秋谷さんを思い出しながら、
詩の世界で雲の上の人が
本当に雲の上に逝ってしまった。
でもどんな些細なことであろうとも
思い出の話が書けることや
書くことを許されるエピソードや、場所があること、
私にとってそれらはとても幸せなことだ。
私は幸せだ。
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宜しくお願いします。
本来ならこの記事の前に文学散歩やら羽生の宮澤章二展やら
盆栽村塾のこととかとても書きたいことが多いのだけど
どうしても今日のうちに今日のことを書いておこうと思いました。
今日は最寄の駅でSさんと待ち合わせして
地球の詩祭2008に行ったのですが
改札前で会って、一緒に改札くぐってホームに立つ間に
Sさんから聞いたニュース衝撃を受けました。
今まさにこれから行く地球の詩祭。
その地球の主催者である秋谷豊
今帰宅して検索したら記事が出てきたので
新聞関係のリンクを貼っておきます。
朝日新聞/Yahoo!ニュース(毎日新聞)
私は余り「先生」という呼称を使わないのですが
(それは尊敬してないという意味では決してないです。
先生と言うと絶対的な存在に私の中で成ってしまって
心が萎縮してしまうので使用を意図的に避けているのです。)
今回の記事では秋谷先生と申し上げるより他にありません・・・。
雲の上の人のようでいて、お顔は存じてましたので
(秋谷先生は私など勿論覚えておいでなどなかったと思いますが)
体調が悪いという話も全く聞いたことがなかったのもあり
一瞬・・・というか・・・言葉がなかったです。
私は地球の会員ではないのですが
今回チケットを購入して、参加したんです。
・・・えぇと、まずは時系列に沿って書いていきましょう。
気持ちのままに書き殴ると訳のわからない記事になる。
12時半には会場の最寄り駅に着いたのですが
私はパンフを忘れてきていたし
私もSさんも1時半頃から始まると思っていたので
軽く食事をしてから1時過ぎに会場に着きました。
会場の扉を開いたら、もう始まってる・・・!(愕然)
どうりで受付が静かだと思った・・・。がは。
会場は一昨年もラフレだったけどホールが違った。
一昨年よりも一回り小さな会場でした。
後ろのほうは席が段々になっていて、
後ろに座っても壇上がよく見えました。
客席から見て向かって左側の壇上に
秋谷先生の遺影・・・。
ほとんどの人が真っ黒の服で。
黒の服でない人も派手な色は一人も居なくて。
自分もたまたま黒服ベース&パールの服装でしたけど。
後から、午前中が告別式だったと聞いたので
参列してから詩祭という流れでもあったようです。
完璧な喪服の方というのは
そんなに見当たらなかったのですが
なんというか・・・ずーんと来ましたね・・・。
私なんかがそうなんだから
会員の皆さん、壇上に上がられるような方々などは
もっとずっとショックであり動揺も深いと思います。
ほんとに・・・悲しむまでの段階まで来ないうちに
この詩祭開催・・・ですしね・・・。
放談もテーマは急遽変更となり
「秋谷豊と戦後詩を歩む」というテーマでした。
秋谷先生の名前は、詩壇の世界に触れてから
初めて知ったのですが、詩壇の世界ではすごく高名で、
この地球という同人は本当にすごくてですね・・・。
えーと・・・もう一度、今年のプログラムをご覧ください。
あ〜・・・幾ら地球の敷居が高くても、
秋谷先生が居られるうちに入会してればよかったなぁ、なんて
詩祭を見ながら思ったりもしました。
今年の地球賞を受賞した、詩集「コラール
著者である中村さん(すみません知らない方なのに先生と呼ばずorz)関係で
「詩学入門
この、帝国ホテルのクッキー。
今回1000円で販売されたのですが、
今まで秋谷先生がポケットマネーで購入しては
パーティーの時にお土産で持たせていたものだそうです。
今回は直前の急逝でもあってかキャンセルがきかず、
50個限定での販売という形になっていました。
勿論私は会員でなかったので食べたこともなく、
秋谷先生ご推薦のクッキーの味を
噛み締めておこうかなぁと思って購入しました。
今日を逃したら一生食べたり購入する機会が
ないかもしれないから。
パンフレットに色々メモってあるのですが
走り書きのメモなので箇条書きにでもしないと
・・・というか箇条書きでしか書けなさそう・・・。
なのでメモは割愛しますが
パンフレットの裏表紙に印刷されている
秋谷先生の「高麗(こま)という詩は
故蔵原さん(この方も先生ですよねすみません)のことを
書かれた詩なんですけれども
読んでいる私が、蔵原さんのお名前のところを
そのまま秋谷先生にして読み返していました。
静かに心が沈みます・・・。
ここで少し、私の中にある秋谷先生のことを。
ここから先は、秋谷さんと書きますね。
あ、秋谷先生と、呼称が混合になったらごめんなさい。
秋谷さんは雲の上の人ではあったけれど、
二度ほど私の中ではっきり覚えているエピソードがある。
まぁ・・・大したことではないだろうけど
秋谷さんの人柄がとても滲み出てた。
1つ目は、2006年の地球の詩祭だったと思う。(もしかしたら違うかもだけど(汗))
会場が開く前から私は到着していたのでだけど、
たしか会場が開いて間もなく・・・かな・・・。
紙袋を両手に持ったちんまいかわいいおじいちゃんがね(←ここが強烈に)
なんかひょこひょこと一人で来たんだけれど、
少し迷ったみたいで・・・。
「ここが地球の会場でいいんですか?」って聞かれたのかな。
「そうですよ」って私が言ったのかな。
両手の紙袋がちんまい身体からしてがさばっててとても大変そうで
詩人会系の年齢層は比較的高いのだけど
明らかにそのおじいちゃんは「高齢」だろうなと思ったから
私ね、「大丈夫ですか?持ちますよ」って言って
両手の紙袋を持たせてもらったの。
そしたらにこーって照れ笑いしてね、「ありがとう」って
おじいちゃん言ってくれたのね。
そのすぐ、だと思うけど関係者がそのおじいちゃんとこに
すっ飛んで行って、なんかもてなしてるわけですよ。
ちょっと事情が飲み込めず、少し離れたところで
それを見てたら、おじいちゃんが「紙袋が〜」って言ってたから
「あああすみませんこれですねどうぞ」って
関係者の方にお渡ししたのね。
それからどうやらその方こそが秋谷さんなんだということに気付き。
荷物を持たせてもらったときに、
にこーってはにかむように笑ったあの屈託ない笑顔を、
今でも覚えてる。かわいいちんまいおじいちゃん。
もう一つは、去年の4月の、埼玉詩祭の2次会。
2次会の懇親会、確か秋谷さんは6時か6時半まではいらしてたのね。
で、私は「偉い人には往々にして偉い人しか話しかけないものなので
結構ポツンと一人になってたりする(そしてそれがちょっと淋しそうかも)」という
よく訳のわからない持論のもとに、
「だったらペーペーの私であっても、
ポツンとなってたら話しかけちゃえ!」
という持論の結論を持っていまして、
そのときも秋谷さんが一人になってると思ったときに
声を掛けたんですよ(勇気あるだろ?)。
そんときねー・・・。絶対私「秋谷さん」って呼んでた。
私「秋谷先生」とは呼んでなかった。
これはね、かなりね、暴挙と言われて仕方ない。
どなたでもね、秋谷さんのことをね、
秋谷さんとは呼ばないもん。
秋谷先生だもん。
しかし私は本人に面と向かって
「秋谷さん」と呼びつつ話しかけてたね。
そのときはね、自分の現住所の土地の話をしたの。
話しかけ一番初めはよく覚えてないんだけど、
「私は○○に住んでるんです」って言ったら、
「ああ、○○に住んでるんだね。
そういえば、この2月にはね、僕は○○の小学校のね、
校歌を書いたんだよ(にこにこ)」
「え!そうなんですか!何小か伺っていいですか?」
「△△北小学校だよ。」
「ああ〜!はい!分かります!
(当時そこに通っている子供と少し縁があった)
△△北小ですか・・・!うわ・・・」
「うん、卒業式に間に合わせてあげたくてね、
2月のうちに急いで書き上げたんだよ。
どうやら間に合ったみたいでね、よかったよ(にこにこ)」
にこにこと笑っているその顔の、目がきらきらしてた。
形容するなら確かに少年のような目と言うんだと思う。
私は絶対に間違いなく「秋谷さん」と呼びながら
話をしていたのだけど、そんな不敬な呼び方であっても
ほんの欠片も不機嫌な何かを帯びることなく
ちんまいかわいいおじいちゃんはにこにこ笑って話してくれた。
『卒業式に間に合わせてあげたいから』
その歳の卒業生は、新しい校歌を格別の思いで練習したよねきっと。
余り長く話した訳ではなく、その話題を話したくらいだったけど、
強烈に、覚えてるんだよなぁ。あの目と笑顔とこの会話。
ずっと、秋谷さんのことを口にするとき、「秋谷さん」と言ってきた。
本人にお声を掛けさせて頂いたときも「秋谷さん」だった。
周りは「身の程知らずがぁ!」っと思ったろうけど。
だから私の中では今も呼ぶとき「秋谷さん」になる。
でもこの記事を書くとしたら
やっぱりどうしてもきっと「秋谷先生」なんだと思う。
「秋谷さん」と呼んだ私を許してくれたから
やっぱり秋谷さんは「秋谷先生」なんだと思う。
・・・矛盾してるような言い方でごめんなさいね。
だから、お姿を「拝見」したのも片手で足りるだけの私ですら
接触したのが2回きりの私ですら
訃報を聞いて悲しくなってしまうような
秋谷豊先生は、そんな人だったんです。
人の死というのは、ほんの少し、
目の前の生きている人達をよく見えなくする。
聞こえている声がどこか遠くて
よく見えている視界がどこかぼやける。
今日、詩祭を見ながらそう思った。
私の知っている秋谷さんを思い出しながら、
詩の世界で雲の上の人が
本当に雲の上に逝ってしまった。
でもどんな些細なことであろうとも
思い出の話が書けることや
書くことを許されるエピソードや、場所があること、
私にとってそれらはとても幸せなことだ。
私は幸せだ。
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