2008年02月29日 01:44
2008/02/28の現代詩研究会に出席しました。
今回のメンバーは9人。14時から17時までみっちりでした。
私が提出した詩は「三月になる前」です。
微妙な直しではありますが、一部口語(揺れてる)→文語(揺れている)、
5cm→五センチ、と縦書きにするにあたって直してから提出しました。
以下箇条書きにて。
・5連(最終連)ごたついている、分かりにくい。
あなた(大事な言葉だが無闇に使わない)と私の関連性を明確に。
恋人との繋がりなのか?そうではないなら?
・テーマ(題名)はよい
・手を入れればよくなる
・情景
・今の若い人の孤独感
・整理が足りない
・直接的に伝わるように
・人と人との繋がり-現代社会においてぶつかり合いながらもぬくもり合えない
・人恋しさ-外を歩いている人のひとりにあなたと呼びかけるが過ぎ去ってしまう
居ないよね?→ex)〜ですか? あなた などどし矛盾を直す
・五センチ・・・こだわりすぎ、曖昧、「私の吐息〜」で充分
・そっちの世界に〜・・・表現として厳しく研ぐ
・最終行、願望なんて出ないはず→別の表現で願望を
・人生観・自分の意識・・・固める途中の段階(実力や人間的に)
・発展的か繰り返か5連目が変わる
・推敲→自分の心の中の見極め→いかに納得するか(言葉の問題ではない)
・はだかになって書く→その人の心に向き合う・・・志
・心のバリアー、鎧の奥に何があるかまだ見えない
それともう一つ、随筆(エッセイ)もどきで400字詰原稿用紙4枚ジャストにて
「母との対話」(未公開)というものを書いてメンバーに送りました。
この随筆の概略は、1月の研究会の詩篇についての母(と父)との会話を通じて
家庭や自然、生活から培われる生きた知識が、
親から子へ伝えられなくなっている危機に気付いたんですよ今更なんですがって感じかな。
自分の中では前半部分の出来事についてをメンバーに話したかったけど
私が滔々と話す機会なんてないから、
無理矢理提出詩の郵送時に突っ込んだって荒業でした。
えーと。公開は、どうしようかな。中身はメンバーを読者ターゲットにしてたので
原文のままでは第3者には通じませんもんで・・・。
ニュアンスは伝わるとは思うけど・・・ちょっと厳しいな。
以下箇条書き。
・一応80点。過不足はない。ただキツキツ感がある。
→現状の4枚から5枚にして書き直す。その際タイトルに5行使い、残り17行で勝負。
・母の表情を書き込む。→母がどういう人なのか
・情を書かない→イメージを持って→そのまま豊かに→母の表情
・段落を区切る
・文章の「整理の仕方」
それとは別に詩人を目指す者としての基本的な心構えとしての話。箇条書き。
・言いたいことをイメージ化しふくよかに言葉にする
・自分の思いを言葉にするには「自分が何を思っているか」を
判っていることにより表現する
↑
[完璧化を狙う・自分を見つめる→深く見つめる]→無償の行為→孤独
(※自身の中にある自身の本質を的確に表現するための研磨の作業という点において
詩人は純然たる孤独である、という意味として私は理解して帰ってきました)
・本質的なものを見定める
・現代の詩は区切りによって成立するものではない
-------------------------
裏話。
結構行き詰ってる感は読者にも伝わっていたと思います。
事実行き詰っていました。
先月研究会に提出した詩が「蔦」から出してる時点で
もうそれはどうにもこうにも行き詰ってました。
人にも相談しました。
その場では相手の意見をうまく飲み込めなかったけど
最終的に頂いた言葉が大きな支えになりました。
今回は「三月になる前」を提出することに決めたときは
腹の中でけちょんけちょんに言われるのを覚悟しました。
だってしゃあないやん。これが自分やし。
こう書く自分が自分やし。
仄暗い匂いがする詩を得意とするのが自分やし。
自分は自分のまんまでやろうと開き直ったのです。
同時に、誰から言われた訳でもないですが
自分にとって発見と衝撃を感じたことを随筆にしよう、と。
決定的な世代の差というものは
私の年代は研究会に一人だから
私自身が口を開かないとならん。
私の存在を私が叫ばんでどうするって。
他のメンバーからしたら「えー幾らなんでもそれは」と
呆れられるかヒかれるかする無知さを
露呈するような内容なのですが
それもね・・・強く意識した気持ちなのならば
明らかにする必要があるだろうと。
これからもっと吹っ切っていけたらいいなと思います。
インプットすることにもアウトプットすることにも
そしてどちらも研磨できたらいいなぁ。
・・・ただ、家庭ありきなので、
身を投げ出して詩に情熱を傾ける、出家のようには無理です。
私はいわば在家(おそらく墓参りに行くかどうかくらいの不信心な)です。
今回のメンバーは9人。14時から17時までみっちりでした。
私が提出した詩は「三月になる前」です。
微妙な直しではありますが、一部口語(揺れてる)→文語(揺れている)、
5cm→五センチ、と縦書きにするにあたって直してから提出しました。
以下箇条書きにて。
・5連(最終連)ごたついている、分かりにくい。
あなた(大事な言葉だが無闇に使わない)と私の関連性を明確に。
恋人との繋がりなのか?そうではないなら?
・テーマ(題名)はよい
・手を入れればよくなる
・情景
・今の若い人の孤独感
・整理が足りない
・直接的に伝わるように
・人と人との繋がり-現代社会においてぶつかり合いながらもぬくもり合えない
・人恋しさ-外を歩いている人のひとりにあなたと呼びかけるが過ぎ去ってしまう
居ないよね?→ex)〜ですか? あなた などどし矛盾を直す
・五センチ・・・こだわりすぎ、曖昧、「私の吐息〜」で充分
・そっちの世界に〜・・・表現として厳しく研ぐ
・最終行、願望なんて出ないはず→別の表現で願望を
・人生観・自分の意識・・・固める途中の段階(実力や人間的に)
・発展的か繰り返か5連目が変わる
・推敲→自分の心の中の見極め→いかに納得するか(言葉の問題ではない)
・はだかになって書く→その人の心に向き合う・・・志
・心のバリアー、鎧の奥に何があるかまだ見えない
それともう一つ、随筆(エッセイ)もどきで400字詰原稿用紙4枚ジャストにて
「母との対話」(未公開)というものを書いてメンバーに送りました。
この随筆の概略は、1月の研究会の詩篇についての母(と父)との会話を通じて
家庭や自然、生活から培われる生きた知識が、
親から子へ伝えられなくなっている危機に気付いたんですよ今更なんですがって感じかな。
自分の中では前半部分の出来事についてをメンバーに話したかったけど
私が滔々と話す機会なんてないから、
無理矢理提出詩の郵送時に突っ込んだって荒業でした。
えーと。公開は、どうしようかな。中身はメンバーを読者ターゲットにしてたので
原文のままでは第3者には通じませんもんで・・・。
ニュアンスは伝わるとは思うけど・・・ちょっと厳しいな。
以下箇条書き。
・一応80点。過不足はない。ただキツキツ感がある。
→現状の4枚から5枚にして書き直す。その際タイトルに5行使い、残り17行で勝負。
・母の表情を書き込む。→母がどういう人なのか
・情を書かない→イメージを持って→そのまま豊かに→母の表情
・段落を区切る
・文章の「整理の仕方」
それとは別に詩人を目指す者としての基本的な心構えとしての話。箇条書き。
・言いたいことをイメージ化しふくよかに言葉にする
・自分の思いを言葉にするには「自分が何を思っているか」を
判っていることにより表現する
↑
[完璧化を狙う・自分を見つめる→深く見つめる]→無償の行為→孤独
(※自身の中にある自身の本質を的確に表現するための研磨の作業という点において
詩人は純然たる孤独である、という意味として私は理解して帰ってきました)
・本質的なものを見定める
・現代の詩は区切りによって成立するものではない
-------------------------
裏話。
結構行き詰ってる感は読者にも伝わっていたと思います。
事実行き詰っていました。
先月研究会に提出した詩が「蔦」から出してる時点で
もうそれはどうにもこうにも行き詰ってました。
人にも相談しました。
その場では相手の意見をうまく飲み込めなかったけど
最終的に頂いた言葉が大きな支えになりました。
今回は「三月になる前」を提出することに決めたときは
腹の中でけちょんけちょんに言われるのを覚悟しました。
だってしゃあないやん。これが自分やし。
こう書く自分が自分やし。
仄暗い匂いがする詩を得意とするのが自分やし。
自分は自分のまんまでやろうと開き直ったのです。
同時に、誰から言われた訳でもないですが
自分にとって発見と衝撃を感じたことを随筆にしよう、と。
決定的な世代の差というものは
私の年代は研究会に一人だから
私自身が口を開かないとならん。
私の存在を私が叫ばんでどうするって。
他のメンバーからしたら「えー幾らなんでもそれは」と
呆れられるかヒかれるかする無知さを
露呈するような内容なのですが
それもね・・・強く意識した気持ちなのならば
明らかにする必要があるだろうと。
これからもっと吹っ切っていけたらいいなと思います。
インプットすることにもアウトプットすることにも
そしてどちらも研磨できたらいいなぁ。
・・・ただ、家庭ありきなので、
身を投げ出して詩に情熱を傾ける、出家のようには無理です。
私はいわば在家(おそらく墓参りに行くかどうかくらいの不信心な)です。






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