久々にこのカテゴリを使います。
私のリアルでの詩の活動についてです。
昨日、大宮詩人会の今年のアンソロジー集が届きました。
私が寄稿したのは「
水」です。
実はばたばたしていてちゃんと見てません(汗)
大宮詩人会の総会&出版記念会が25日(日)にあったのですが
今年は欠席にしました。その葉書を出して入れ代わりに到着。
そして気付きました。
今年は30周年じゃないか!・・・orz
なんでこんな大事な時期に調子がいまいちなんでしょうね。
自分の運のなさに笑えます。
5冊届いたのですが、1冊は自分用、1冊は実家用、
2冊を近所に住む埼玉詩人会の方にお分けするつもりなので
(お一人は確実に渡そうと思ってますけど
もうお一人は交流が殆どないので迷ってますが)
そうすると予備が一冊しかないんだよな・・・。
うわ、今ちらっと今年のアンソロジー集見たけど
中村稔
さんが寄稿してるよ(現代詩手帖1月号より、だって)。
てことはもしかして総会来る!?
去年はいらっしゃらなかったけど今年は分からないよなぁ。
うわぁ・・・凹むわぁ・・・。
まぁ私にとっては雲の上のような人です。
この人が編した
宮沢賢治詩集(文庫)
持ってます。
なんか同じ一冊の本の中にあるって恐れ多いにも程がある。
というか私みたいのが詩人会に入らせてもらってることが
既にもう、どうしたらいいのか。
多分、詩人会の皆様にとって、詩とは文学であり、
文化であるのだろうと思うのですが、
私にとってはまだ、なんというか趣味の延長線上であって、
「詩に賭ける」という程の強い情熱が欠けている気がします。
だからといって、「詩なんて」みたいな気持ちはないのですが
積極的に「学ぶ」とか言うのは今の私には
重たいというか・・・なんていうんだろう、
私の詩は文学ではないんでしょう(同じこと言ってるよ)。
なんかもっと身近で、堅苦しくなくて、
気張らなくていい「表現方法」であって、
そういう意味では詩人会に属する実力なんて全然なくって、
皆様の詩を読むと自分のがすごく薄っぺらく感じます。
でも、自分の中から出せるものっていうのは
自分が生きてきた時間とそこから吸収したものだけで、
他人の受け売りを暗唱するのとは訳が違う。
未熟な人生を補うのに「学ぶ」のは大事だと思いますが
まずは自分の人生掘り下げるのが先、って思ってるのかもしれません。
それがいいか悪いかは別として、
どっかで「楽しむ」気持ちを持ち続けたいのです。
それは文学や文化ではなくてやはり趣味的な意味合いが
強いのかもしれません。
予想外に語ってしまった。
また違う記事も書こうと思います。
最近のコメント